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一流霊能者エッセイ

真土花先生コロナ太り解消! 魂の飢えを満たそう

魂の飢えを癒すスピリチュアルケア

新型コロナウィルス対策としての外出自粛要請、それに対応するテレワークの増加によって、コロナ太りに悩む方が増加中です。
自宅での勤務は通勤がなく、外出の機会も失いやすいため、運動不足になりがち。加えて、いつでも食事可能であることから、さほど空腹でもないのについつい食べてしまい、過食になることが大きな要因となっています。

しかし、「さほど空腹でもないのについつい食べてしまう」原因が「魂の飢え」にあることはご存じでしょうか?今回のコラムでは魂に栄養が行きわたっていない状態と、その問題点を解き、コロナ太りのスピリチュアルな解消法をご提案したいと思います。

おなかが空いていないのに食べてしまう理由

なぜさほど空腹ではないのに食べてしまうのか? 「それがわかれば苦労はない」などと捨て鉢にならずに、この際じっくりと考えてみましょう。
「きょうはヒマで。しかも手の届く範囲にいただきもののお菓子が置いてあったもんで、つい…」。この場合は食べものをきちんと管理・収納しておくことに加えて、いつもどおりに生活が充実すれば避けられますね。

問題なのは、特定の食べものをわざわざ購入しに行く、お店まで出かけるなどしてむさぼり食べてしまうこと。このような場合には「魂の飢え」を疑ったほうがよいです。
「胃ではなく、魂って飢えるの? 」と思われる方もいらっしゃるでしょう。しかし、さまざまなストレスを受けること、心に澱(おり)が蓄積した状態がつづくことで、魂は飢えてしまいます。

魂が飢えていても、即座にそれを満たすのはむずかしいもの。その代償行為として食に走ってしまうことがあるのです。
魂(表層的には心)の飢えを、おなかの飢えとかんちがいして食べてしまいます。実際に飢えているのは魂なので、食べても、食べても飢えは満たされないことになるのです。

魂が飢えた状態では食欲は正常化されない

「特定のものをむさぼり食べてしまう」というのは、たとえばチョコレートを買い溜めして何かにつけて食べてしまう、なくなると不安になって何時であろうとコンビニに走って購入してしまい、帰宅してまた食べてしまうような状態を指しています。半ば中毒と言ってよいような状態です。

肉体でなく魂が飢えているときほど、このような極端な状態となります。平素から肉体的な欲求を満たすことに熱心で、魂の欲求には気付かないことから悪化するのです。
本当は食ではなく、誰かから愛されたいという欲求に飢えているのかもしれません。社会的に認められたいという欲求に飢えているのかもしれません。

まずは、どこから来る飢えなのか確認してみることが第一歩です。その上で、それが自分の人生においてほんとうに必要なものであるかどうか、精査すべきなのです。

霊的コロナ太り対策のご提案!

まずは原因究明のために、休日を利用して、瞑想をしてみましょう。きっかけや原因を思い出せたらいちばんよいですが、わからない場合には食に走ったとき、どんな食べものに癒され、どのように心が落ち着いたのかを思い起こします。
そして、自分がどのようなことに心傷ついたのか、つらさを感じているかについても思いを巡らせてみましょう。「かわいそうに。だから食べてしまったんだね、しかたなかったね」と自分になぐさめのことばをかけます。(ここで食に対する罪悪感を与えないようにすることは重要です)。

もしくは信じられる宇宙の摂理、神さま・仏さまなどを思い浮かべ、その大きなふところに抱かれているところを瞑想します。つらい体験などを聴いていただき、「たいへんだったね。よくがんばったね」などとお声を掛けていただいているところを瞑想してもよいでしょう。
つぎに、自分のいままでの人生を振り返り、どんなときに心から満足を得たのか、どんなときに不満を持ったのか、よく思い起こしてみます。そしてなぜ満足や不満を感じたのかまで突き詰めてみましょう。

満足については、多くは他者からの愛情を感じたときではないかと思います。中には名誉欲や自尊心が満たされたとき、物欲や独占欲、性欲が満たされたときを満足とする方もおられるかもしれません。
不満足についてはそれらが感じられなかった、満たされなかったときではないでしょうか? しかし、じつはそれはすべて幻のようなものなのです。

つぎに、過去に満足を得たものが、若さ、肉体的な健康、経済力など、現世で利をもたらすツールをすべて失ったときにも満たすことができるかどうか、精査してみてください。それで満たされないのであれば、それは幻、じつはあなたの魂がほんとうに必要なものではないのです。
魂が必要なものは現世の利益とは無縁なもの。例として、高齢になることで体が動かなくなり、経済的にも若い頃のようには稼げない、貯えが尽きてしまいそうな状態でもできることを考えてみましょう。

そんな状態でも、わたしたちは誰かに微笑みかけること、誰かに感謝すること、誰かのために祈ることはできます。そして、それこそが魂を飢えから救うきっかけとなる行為なのです。
これらの重要性については、表現はちがうものの、仏典にも、また神道の教えにも、聖書にも共通に書かれています。ここまで読まれて、「それを何でもできるうちにやるのは、もしかしたらかなりたいへんなことでは? 」と気付かれたあなたは鋭い方です。

「生きているだけでもたいへんなのに、ひとのためになんかできるか! 」というところが偽らざる本音でしょう。しかし、そうだとしても大いなる存在が心から望む行為を、少しずつでも積み重ねていかない限り、魂の飢えはほんとうには満たされないのです。

まとめ)
魂に栄養を与えることで霊的にコロナ太りを解消する方法をご紹介しました。いちばんに考えていただきたいのは、あなたの魂・肉体は大いなる存在からの賜りものであるということです。
その大切な魂と肉体を粗末にするようなことがあってはなりません。味覚的においしくても魂や肉体をむしばむような食事や食事量は避けることが、大いなる存在に感謝を示し、そのご要望に応える方法のひとつです。

そして究極的には大いなる存在、神さま・仏さまが望む生き方を意識する時間を増やすことで、魂の渇きが徐々に満たされ、食欲や食への行動は正常化してきます。また、基本である瞑想がひとりではうまくできないという方は、信頼できる霊能者にご指導をいただくこともおすすめですので、ぜひご検討くださいませ。