∵インド紀行

デリーは猛スピードで発展を続ける「現在」と、ムガール帝国時代・イギリス統治時代の面影を今に伝える「過去」が縦横無尽に交差し、我々を混沌へと誘う。

マムルーク王朝のクトゥブッディーン・アイバク王が建てた戦勝塔。ヒンドゥー勢力が敗れて、イスラム勢力がひろまる、記念碑的な遺構。

インド三大祭の一つ。2月〜3月頃。この日は無礼講で、人々はカーストの別なく、路上で色水や粉をかけあう。クリシュナ神や愛神カーマが祭られ、歌や踊りが賑やかである。

ムガール帝国2代目の王フマユーンの墓で、フマユーンの妃ハージ・ベグムが亡き夫の思い出のためにヤムナー川のほとりに建設した廟である。タージマハルはこれをモデルにしたとされる。

インドの上流階級の披露宴に紛れ込んだ。とっても気さく。ホテルのガーデンだったが、地べたに座って結婚の唄をうたっている既婚婦人たちは昔の披露宴を彷彿とさせた。

イギリス統治時代に整備されたニューデリーは緑多い公園の中に街があるよう。オールドデリーは、エキゾチックな歌の中に彷徨いこんでしまったような感覚にとらわれます。


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